いつかは会える
原画 野見山暁治
サイズ W10 H2.6(m)
場所 東京メトロ副都心線・明治神宮前駅
(B1F 神宮前交差点方面改札)
完成 2008年6月

 動画・作品制作過程

地上のイメージをそのまま地下に呼応させて、ある連携を持たせるか、あるいは逆に、地上の世界を想像させない異質のイメージを地下に据えて、より地上の独自性を強調するか。
わたしは当初、その意向のもとに、二枚の制作に取りかかり、描きすすめているうちに、あえてそうした意図を強調することもない、つまり二つの意図がうまく重なりあえばよいという結論を得ました。しかし容易ではない。
神宮前、原宿という起伏の豊かな土地には自然の力が漲っている。緑につつまれた荘厳さもある。そこへ若者たちが入ってきて。今日的な色彩が溢れ、新しい生活様式の拠点となりつつある、画面上のそれぞれの形態や色彩で、それらを具体的に説明しようとするものではなく、この界隈が抱くわたしのそうしたイメージが画面から発散してくれることを願うのです。
この絵が、一枚の広い画面として人々に接することはなく、通路に十メートルの壁画として続くのです。縮小された写真ではおそろしく賑やかな印象を与えますが、これらはかなりゆったりと配置され、人々はほぼこの画面の半分くらいの高さの視線で歩いてゆく。
歩くに従って違ったイメージが、より明確に印象づけられるように、背景は白にしました。
この界隈の建物や緑や人の群れが、地下のこの壁面のステンドグラスと渾沌と溶けあいながら、ある秩序というか厳しさを、醸し出してくれればと欲張っております。

野見山曉治1920年 福岡県嘉穂郡穂波町生まれ。1952年に渡欧。パリでの作家活動中、ギメ美術館で中国・宗時代の水墨画に魅せられたことを転機として64年帰国。風景を主題としつつ人間を表現、本能的な衝動と理性的な明晰さが混在する“心象風景”を描くようになる。いくつかの大学で非常勤講師を務め、東京藝術大学教授に就任。
若い美術家たちに共感を覚え、何ものにも束縛されない自由な境地で、毎日描くことにより、絵とは何かを問いかけ続けている。
文化功労者、東京藝術大学名誉教授(2010年現在)

1943 東京美術学校(現・東京藝術大学)卒業、応召
1952 渡仏(—1964)
1958 第2回「安井賞」受賞
1972 東京藝術大学教授に就任
1978 「四百文字のデッサン」で第26回「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞
1992 第42回「芸術選奨」文部大臣賞受賞
1996 「毎日芸術賞」受賞
2000 文化功労者顕彰
2003 東京国立近代美術館にて「野見山暁治展」開催
2008 東京メトロ副都心線・明治神宮前駅にステンドグラス(本作品)制作
2011 ブリヂストン美術館、石橋美術館(久留米市)にて「野見山暁治展」開催
  • NHK教育・日曜美術館「うつろうかたちを追いかけて 洋画家・野見山暁治の挑戦」(2008年6月29日放送)
  • 西日本新聞「副都心の九州アート」(2008年5月9日夕刊)
  • 毎日新聞「私の3作 ボタ山に見た人口の自然」(2008年6月16日)
  • 讀売新聞「地下鉄アートは九州発」(2008年6月21日夕刊)
  • 新美術新聞「野見山暁治展」(2008年7月1日)
  • 月刊美術「東京メトロ副都心線のパブリックアート完成」(2008年7月号)
  • 毎日新聞「副都心線の駅に14のパブリックアート」(2008年7月3日夕刊)
  • 総合報道「副都心線『パブリックアート展』」(2008年7月5日)
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